活動日誌

堺・東大阪・浜松3都市を視察

 平成23年10月24日(月)〜26日(水)の日程で、総務委員会の視察が行われました。

今回の視察テーマは(1)市庁舎建設について(堺市・東大阪市)、(2)災害対策について(堺市・浜松市)の2点について行われました。

 

市庁舎建設について(堺市・東大阪市)
堺市・東大阪市ともに立派な市庁舎がつくられていました。
堺市庁舎は平成2年に建てられた高層館(延床面積25,990u)に加えて、平成16年に新庁舎(延床面積38,319u)が建設されました。新庁舎は市民に便利でわかりやすい機能となるように工夫されていて、特に1Fのエントランスはゆったりとした雰囲気が漂い、市民活動コーナーを設けるなど余裕のあるつくりが羨ましく感じられました。エレベーターや、トイレ、駐車場、授乳スペースの確保など身障者や乳幼児などにも配慮したバリアフリー化がいたるところでなさらており、安心して利用できる庁舎であることを伺わせました。また厳しい耐震基準、緊急時における危機管理センターの設置場所の確保、自家発電システム、緊急ヘリポートなど、危機管理の活動拠点としての機能にも十分な配慮がなされていました。

東大阪市庁舎は平成15年竣工(延床面積50,052u)。地下鉄中央線荒本駅から徒歩5分のところに地上24階建てのビルがそそりたっているという感じでした。やはり市民に便利でわかりやすいというコンセプトでつくられており、バリアフリーや防災活動拠点機能など、堺市と同様の配慮が市庁舎に見られていました。市民窓口部門を2F〜3Fに集約(エスカレーター利用)し、1Fは講演会が開ける多目的ホール、市民ロビーなどとして利用されていました。職員ではなく市民優先という考えでつくられている印象を受けました。

翻ってわが市川市の市庁舎について考えてみたいと思います。
八幡にある市庁舎は第一庁舎(昭和34年竣工・延床面積6,329u)・第二庁舎(昭和46年竣工・延床面積4,623u)・第三庁舎(昭和54年竣工延床面積7,109u)と3つに分かれており、広さの面でも、耐震性やバリアフリーの面でも問題をかかえたつくりとなっており、狭いながらも便利に利用できるように工夫はされていますが、古い建物であることは間違いなく、市民が安心して便利に利用するには限界にきているといえます。

千葉光行前市長は新庁舎建設について全く頭になかったと思います。耐震補強工事を繰り返し行おうとしていましたし、新市庁舎の建設よりも市民サービス優先という気持ちがあったのかも知れません。また「IT先進都市」をめざした千葉市政は、将来は市庁舎などなくても行政運営できる時代が来るという考え方で進められてきたように思います。
大久保市長になって、昨(平成22)年10月にはじめて、「今の庁舎を維持する案」と「新庁舎を建設する案」の2案が議会の各派代表者で提起され、新庁舎建設を含む市川市庁舎の建設のあり方が提起されました。
私は新庁舎建設には前向きに、しかし慎重に取り組んでいくことが必要だと思います。市庁舎というのはいわば「都市の顔」であり、昔で言えば「城」のようなものではないかと思うのです。しっかりとした行政が運営されている場、いざというときに市民の生命と財産を守ってくれる、何かあったら市庁舎にいけば頼りになるという市民に安心感を与える場、市民に優しさを提供することのできる場として検討していくことが必要ではないでしょうか。

しかし、庁舎建設には沢山の課題があります。まず財源問題です。堺市の市庁舎は164億円、東大阪市は212億円の建設費用がかけられています。市庁舎建設には国や県の補助金などありませんから、全てを市費で賄わなければなりません。堺市では53億円、東大阪市では102億円の基金の積み立てがあり、建設費用にあてられました。計画的に準備し基金を積み立てたわけですが、市川市にはそのような基金はありません。また建設予定地を決めるのも一苦労です。今の場所に新設するのか(その場合事務作業との関係をどうするのか)、あるいは代替用地を検討するのか(なかなか適地が見つかりそうにありません)、また新庁舎をつくる場合には市民の合意が必要になります。私が感じた千葉前市長の考えも一つの達観であると思いますし、市民が納得し、市民の意見を十分に取り入れながら対応すべき問題であると思います。  

いずれにせよ、新庁舎の建設は拙速に行われることがあってはなりません。5〜10年というより10〜20年のターム(期間)で進めるべき事柄であると思いますし、例えば毎日出勤する職員には駅に近いのが最優先であっても、市民にとってはバス路線が充実していれば不都合はありませんので、あくまで市民優先の考え方に立った検討が必要ではないかと思うのです。

災害対策について(堺市・浜松市)
 まず、3・11大震災を受けて視察した、どちらの都市も改めて市民のための災害対策を真剣に検討しはじめていると実感しました。失礼ながら市川市は感度が鈍いと感じるのです。
 堺市では防災計画の再検討にのりだしました。今年の7月に防災計画担当を置き、市民の力を借りながら非常時に対応できる体制を整備しようとしています。大阪湾の高潮被害を想定した防災計画をもっていましたが、3・11震災以降、津波の高さを2倍に想定しなおして「逃げるために皆さんと一緒に考えよう」と具体的に避難計画を練り直している最中です。津波予測から到来する40〜50分の間に臨海部の低地から北部の高地にどう避難するのか、避難できない方々の避難所をどう確保するのか避難所の運営や物資輸送の方法などについて再検討が進められていました。

浜松市でも3・11震災を受けて防災計画の見直しが進められていました。現実的な防災計画とするため、「浜松は5分で津波が来る」ことを想定した防災設備・備品・資機材の再検討、職員の配備体制の充実、地域ごとにそれぞれの事情に応じた避難行動計画を地域の代表者と一緒に策定する事を来年の1月からはじめようと準備を進めています。また3・11震災で釜石市内の児童・生徒はほぼ全員が無事に逃げ延びた「釜石の奇跡」といわれる教訓をもとに防災教育にも力を入れようとしており、避難地域からの求めに応じて「防災出前口座」を開催するなどの取り組みが行われていました。

市川市の危機管理については、私も9月議会の一般質問で取り上げましたが、そこで主張したように、地域の実情に応じた危機管理体制を、市川市が、地域住民と一緒になって考えて作っていくことの重要性を改めて感じました。そして、私がこれまで質問の中で指摘したとおり、3・11大震災後の危機管理体制の見直しにどの都市も動き出しており、市民の安全を改めて真剣に再検討している自治体が現にあり、今回視察した2市の事例は、いずれも3・11の被災地から市川市以上に離れた地域であることを見ても、市川市としての危機管理体制の充実の必要性を痛感したところです。

市川市は3・11震災で被災した地域であり、特に行徳・塩浜地域は液状化による被害が集中しました。ところが市川市は、この問題を市全体の問題として捉えていないような気がしてなりません。
市川市がしっかりとした危機管理意識をもち、私が提案して作られた危機管理部がこの4月から廃止されるなど、私から見れば危機管理行政の「後退」を改めるよう、まずは行政体制の再構築を改めて求めてまいりたいと思います。


過去の活動日誌       福栄公園の遊歩道を改善 高齢者の確認について
行徳臨海部特別委員会視察 総務委員会視察(四国方面) 民主市民連合結成 国保運営協議会々長に就任 政令指定都市移行に向けて 民主クラブを結成
2つの干潟を視察 総務委員会視察―岡山市・北九州市を訪問 行徳臨海部視察 平成18年5月〜12月 猫実川護岸壁実地検分 平成17年11月〜平成18年4月
平成17年6月〜17年10月 平成17年2月〜17年5月 平成16年9月〜17年1月 平成16年5月〜8月 平成16年1月〜4月 平成15年11〜12月
平成15年10月 平成15年9月 平成15年8月 平成15年7月 平成15年6月 平成15年5月